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2007年11月 アーカイブ

2007年11月04日

今日も1日終わった。

 昨日から、パソコンに向かい、請求書かきに追われて、一日が終わる。私の頭もパソコンの調子もイマイチで、間違えてばかりでイライラして、パソコンに怒鳴っている、口答えしないからイイや、クラウンが勝ってから、毎日祝勝会をやっている様な気がするな、体も頭もアルコール漬けなって、頭が回らないよ、でもま~いいか。

子犬が3匹出た。

 ミニピンのリズとチャッピーの子供が産まれた、検診で3匹は分かっていたけれど、夜中に産まれたものだから、大変だった、うちのかちゃんは看護師だから、いざという時には頼りになるだろうと、思って安心していたのが大間違い、頭だか足だか分からないけど破水が始まり羊水と胎盤に包まれた黒いものが少し覗いている、リズは3歳で初産のため苦しくて私のベットに上がり股の間に顔を突っ込み泣いている、お腹を抱え一緒に息ばむ、女房は?おとうさんどうしたら云い!次何する?ウン?お前の仕事だろうが!おかぁさんダメ!人間しか触ったこと無いもん!俺だって有るか!股の間に羊水が溜まり私が産んだようだよ!へその緒きりタコ糸で縛り、あわてているからなかなか縛れない~、生きてるか~口の中に指を入れてみる、動いているから大丈夫だ、おとうさん風邪引くから早く体拭かないと!見てないでお前やれ!ホラホラお臍消毒しなくちゃ!ウルサ~イ、まだ2匹産まれるのかよ~、女房黙らしてくれ~。

2007年11月07日

おふくろの誕生日。

 栃木の野木町に有る、グループホームで、おふくろは86歳の誕生日を元気な振りをして、私の送った携帯から、お花のお礼の電話をくれた。一緒に住んだのは、5歳まで、それからは離れ離れで、お互いにいろんな人生を送ってきた、私の存在を知らずに、戦地の露と散った父、私を抱いて戦火の中、防空壕を彷徨った若い母、2歳の頃、暑い壕の中で母にしがみ付いてたのを、今でも消せない記憶の一つだ。一緒に住みたい気持ちはお互い分かっているのだけれど、60年の距離は遠い、お互いがお互いの環境、生活、歩いてきた過去を大切にしたいから、一人で居よう、おふくろ様。

2007年11月10日

親子岩の夕焼け

画像の確認
 昨日、様似からの帰り道、親子岩に沈む夕日をキャッチしました、海鳥がいっぱい、日が落ちるのを惜しむかのよう飛び交っていました・・・・、俺も帰えろ~。

帰ってきたクラウン。

 よく言われるんだが、(クラウンと会長の話ばかり出てくるね)って、そうかな?・・・、そうだな、そう思う、だって二人とも筋書きの無いドラマを持っているんだもん、クラウンが走れば感動を呼び、浦河の町に大変な経済効果をもたらしている、勝っても負けても常に7~8人でつぼ八か焼肉やで呑み、二次会に出走するようになる、たまには札幌や苫小牧、釧路あたりからも参加する、今の町長でも自費でこんだけの人達は呼べんべな、会長?会長が歩けば嵐が起きる!。久しぶりに見たクラウンは痩せて少し小さくなったように感じた、絞られたんだろうな・・・、愛のシゴキだ仕方ないべさ、どっかの相撲部屋とは違うべ、しばらく休養しリフレッシュして、またケンカしながら頑張るべ、騎乗担当の架間君も気まぐれがどう変ったか、楽しみにしてるぞ。

2007年11月12日

冬支度。

 日高にも、明日から雪が降る予報だ、女房の車のタイヤ交換に朝から大忙しだ(別に自分でする訳ではでは無いけれど)、行きつけの修理屋さん車を持っていく。シャケの飯ズシ造りに忙しく、それどころでは無いような雰囲気だ、とりあえず車を置き、会長の所に顔を出す、ここも、札幌から応援に来て、5~6人で飯スシ造りにおおわらわだ、会長の事務所では男たちだけが、お茶を飲んでクラウンの調子がどうだとか、レインボー何時使うんだろうか、だとか、呑気に馬の話で盛り上がっている、私も飯スシが出来上がったら、食べるだけでも手伝おう。

2007年11月15日

雪が降り出した。

 長い紅葉の時期を充分楽しみ、今日雪が舞い始めた、これから魚が旨くなるぞ~、特に鍋、鱈に始まって、牡蠣、鮭、目抜き、蛸しゃぶ、そして鹿、と、薪ストーブの上で鍋をかけ、湯気の中で冷たいビールをグ~と飲む・・・・・・、そう云う話じゃなくて、1歳馬の入れ替え時期で大変だ、雪は降るしシバレルし、でも鍋は旨くなるな!!。

2007年11月16日

今日の印。

 
 例によって、会長のプライベートオフィスに顔を出す、クラウン、レインボーの話題になる、明日福島1レースにレインボーが出る、それは置いといて、腹が減ったので夜勤明けの女房と、行者ニンニク餃子の店に行く、ミルクラーメンヲ味噌半玉を頼む、いつ来てもマスターの笑顔がなによりもの店のダシだ、ハッピーを貰った様な気がする。夕方、安東装蹄師と薪ストーブを囲んで、泡盛を飲む、10年~15年前のお互い全盛期の話に杯が嵩む、年間牡馬のG1、8つの内、7つ勝ったんだよね、酔っても安藤氏の記憶は確かだ、そんな馬も卒業生にいたな~、俺、泡盛だ~、おやすみ・・・・・・。

2007年11月17日

レインボー、7着。

 福島1レース、9時50分発走、ゲートで両枠の馬が立ち上がり、怯んだ所をゲートが開き、一瞬後手を踏む、後方追走から、3分3厘、3コーナから4コーナーの中間で流れを読めず、前のバテた馬の後に付きブレーキ、さあ!いくぞ!の時にほかの騎手はオッケて居るのに、うちのアンチャン止めているのでは、レースに成らない、クラウンでも連れてこなけりゃ勝てないワ、 会長怒ってたけど、・・・おれでも怒りたい、レース経験の浅い馬に新人は無理だって!馬が言ってた、直線向いて良い差し脚で伸びてきた、もう少し腕を磨いてから俺に乗れ!馬が言ってた。

2007年11月23日

紅葉

 今、写真を整理している、今年の秋は長かった、日々染まりゆく樹木をこんなに時間をかけ見つめられる刻を持った記憶は無い。仕事に向う朝5時半、右手に太平洋の、時によって変る波や、沖の漁り火を見つめ、24時間、人っていろいろな仕事で生きているんだなと、私を含め、すれ違う定期便のトラックの音に思う、山かげの雲が白からピンク色に染まる、朝焼けだ、牧草畑を夫婦だろうか、二匹のキタキツネが飛び回ってじゃれている、仕事場の育成場に着くまでの道すがら、逆光を浴び朱に染まった葉が、葉脈を透かし、散りゆく前の残り火を命の限りと燃やしている、そして、そばで馬が草を食んでる、遠くでエゾシカたちも厳しい冬に向かい越冬の準備に人里まで降りてきて草を食んでる、日高路ならではの、絵にも云われぬ年に一度の、厳しい冬を迎える前の美しさだ。命の終わるまでに、全てを燃やし散りたいものだ、紅葉のように愛でられながら。

風。

 秋撒きの、牧草の苗が北風に叩かれながら、青々と芽吹きシッカリと生きている、枯葉の目立つこの時期、新鮮な緑に来年への生きる意欲を感じる、俺も頑張らなくちゃ。                     昨日、今日と寒い、昨日東京から来た、馬好きなスワングループ三人連れも、余りの寒さに震え上がっていた、例のミルクラーメンの店を紹介したのだけど、口に合ったかな。                  
           

2007年11月25日

第27回ジャパンカップ

 今日は日曜日、霜が真っ白に降りた道を牧場に向う、道すがら川端の古い家から薪ストーブの煙が真っ直ぐに空に昇っている、なんとなく穏やかな気持ちになる朝だ。                       スポーツ紙を広げる、ジャパンカップの見出しが大きい。田舎の小さな競馬場から出てきて、JRAの重賞レースなぞ、テレビでしか見ることの無かった人間が、JRAで活躍する馬のトレーナーに成るなんて夢にも思わ、ず戸惑いの中で暮らした日々が、懐かしく、一緒に働いた仲間たちの、顔と共に思い起こされ、そして悲劇のヒーロー、マーベラスクラウンの顔も。
 綺麗な金髪に近い栗毛に、額の真ん中にある星、皮膚の薄い、利発そうな顔、この年は沢山のオープン馬が出た、その中でも1頭、頭抜けたセンスで輝いていたのが、ミスワキの初年度産駒の彼だ。    ビワハヤヒデ、ナリタタイシン、ダンツーシアトル、ペガサス、イイデタイショウ、イイデセゾン、・・・・・・  彼は、ハヤヒデの勝ったレースの3着に来た後、調教で南井騎手を、馬場の出入り口で外に逃げ、落馬させ怪我をさせてしまい、所属の調教師が、この馬は気性が悪いから去勢しろ!の一言でセン馬にさせられてしまった、牧場に来てから手術をすると云うので、手術前に何とか矯正できればと思い、何とか回れるようになり、師が来場したおり、何度か御願いしデモストレーションしたのだが、育成所と競馬場では違うんだ!で一喝されて終わりだった、師はあの世に逝ってしまったが、追いかけていっても一言云いたい!(オレも死ななきゃダメか)それでは、しばらく待つ、もう一頭のクラウンを何とかするまで、お預けだ、会長!もうクラウンの名前は要らないからね!。

2007年11月27日

灯かり。

 午後4時前、居間から眺める空は、海と雲との境界の判らない、北国特有の私の大好きな鉛色の空だ、流れる車のライトはさまざまだ、スモールライトを点す人、ヘットライトを点ける人、見下ろす家の灯かりも、又さまざまだ、家と言う四角い囲いの中で、いろいろな人生が営まれて居るのだろうな、私も、ふと、何で荻伏に居るのだろうと、遠い過去を振り返るには、随分時間の掛かる老化した脳を働かせ、ところどころ記憶の抜けた所のある頭で振り返る。

ハタハタ鍋

  昨夜は、家の前の国道沿いで、前浜で獲れるイカやホッケ、鮭などを干して売っている、(浜の母さん)のご夫婦と一杯呑んだ。ここの父ちゃんは泡盛が好きだと言うことで、一度一緒に飲む約束をしていたのだが、なかなか機会が無く、今朝店に寄ったら、母さんが(今日、奥さん居る?)ウン居るよ、返事をしたら、(7時ごろ行くから)、で帰ってきて、女房に伝えると、何か約束してたの?、イヤ?二人で何だろう?と永年連れ添った顔を見合す。午後から、今夜は牡蠣鍋でもするか!と二人で買い物に出かける
、買い物をして、帰りの車の中で、思い出した!、母さんに、昨日、(宮下さんハタハタ食べるかい?、)と聞かれ、食べ方判らないわ、と応えると、(今、襟裳でハタハタが揚がっていて、父さん手伝いに行って、帰りにハタハタ貰って来るから鍋にしたら?私作っちゃる!)、ソーダ、ソーダ。うちの母ちゃん横で睨んでる、もう少し早く気が付けば買い物しなくて済んだのに!、泡盛のせいだ、キッと・・・・・。      タコとソイの刺身、鍋をたなげて、7時前に来た、早速飲み会の始まり、二人は泡盛のお湯割り、女房はビール、私は泡盛の水割り、襟裳産のハタハタ鍋、旨いわ、卵が一杯詰まって、薄口醤油にダシがからまり、淡白だが酒がススム、母さん、芋焼酎のロックがいい、で全員、芋焼酎に変える、父さんは、若い頃歌手になろうと、上京し新宿あたりで勉強していたらしい、カラオケタイムになったが、歌手にならず漁師で良かったと、ハタハタ鍋を貰ったけど、刺身ももらったけど、そう思う・・・・・・。    

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自己紹介


1943年 千葉県船橋市出身。
厩務員、騎手、調教師(28歳~48歳、621勝)を経て育成トレーナー。
早田牧場場長の時には、ビワハヤヒデ、ナリタブライアン、マーベラスクラウンを育成。その後数多くの重賞ウイナー馬達とめぐり合う。

*ミヤシタ塾を卒業した生徒たち*

GⅠ馬:
[朝日杯]ナリタブライアン
[皐月賞]ナリタブライアン
[ 〃 ]ナリタタイシン
[日本ダービー]ナリタブライアン
[菊花賞]レオダーバン
[ 〃 ]ビワハヤヒデ
[ 〃 ]ナリタブライアン
[宝塚記念]ナリタブライアン
[ 〃 ]ダンツシアトル
[ジャパンカップ]マーベラスクラウン
[阪神牝馬S]ビワハイジ

GⅡ、GⅢ馬:
ペガサス
イイデライナー
マイシンザン
ビーコペガサス
パルブライト
マーベラスサンデー
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